2010年10月8日金曜日

聖書入門(新約聖書)-2「イエスとは誰か」


『イエスとは誰か』目次
●(復習)サドカイ派とパリサイ派
●熱心党 
●エッセネ派
●当時のユダヤの状況(律法とユダヤ人)バビロン捕囚―ディアスポラ―律法―祝福された民
●当時のユダヤの状況(ローマ帝国の支配下)
●イエスとは誰か―プロローグ
●福音書
4つの福音書。書き手の違いと伝える相手の違い
●各福音書の特徴
●救い主=イエス
●生誕については不明なことも多い
●福音書に見る誕生の主題(マタイ・ルカ)
●占星術学者たちの訪問(マタイ)
●マタイ福音書のメッセージ「イエスは新たな王」

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人数が沢山いるので急いで出席を取ります。

●(復習)サドカイ派とパリサイ派
新約はイエスを中心に神様の救いを。
しかしそれはユダヤの伝統を受け継いでいる。
そのユダヤの状況という事で前回お話したのは
サドカイ派とパリサイ派。この2つのグループについてお話しました。

サドカイ派は神殿を中心に祭儀を
パリサイ派は律法を民衆に教える。

サドカイの人は当時の支配層にあり、ローマの支配権の下に自治を認められる立場なので
=親ローマ。
パリサイ派は熱心な信仰運動によって、自分たちの下にユダヤの王国が、そのために信仰復興運動をしている。
=反ローマ。

そうした違いを持ちながらも当時のユダヤの大きな2つのグループ。メインライン。

場所の違い
会堂=シナゴーグ。ここではもともと律法が教えられた。(パリサイ派)
エルサレムにある神殿で活動(サドカイ派)

●熱心党

これ以外のグループとしては、
ひとつは「ゼーロータイ」(ゼーローテース)と呼ばれるグループ。
聖書中では「熱心党」と。
少数派、過激派のようなもの。
ローマからの独立、革命運動をする。手段を選ばない。
新しい王をこのように立て、独立まで引っ張ってもらおうと。
軍隊のようなものを作り、革命運動をたくらむ。
そのことには資金が必要。金を得るためには手段を選ばない。強盗。
彼らには宗教的な基盤も合ったろうが、そうした、過激な輩、と。
イエスの弟子の中にも熱心党の出身者がいた。
過激さが成功するばかりでなく失敗もあった。という複雑な状況。
(イスカリオテのユダ、熱心党のヤコブ、ヨハネも?)

●エッセネ派

それと、もうひとつ、聖書中には記述の無いグループ。
エッセネ派

【辞書-エッセネ派】ユダヤ教三大教派の一。奴隷制を否定
敬虔な人々。厳しい戒律の下で独自の共同生活を送る。原始共産社会。宗教観はサドカイ派よりもパリサイ派に近い。エッセネとは「敬虔なもの」あるいは「静かなるもの」の意味。語源に関しては諸説。生活の中心は詳細なトーラー研究。

死海文書が20世紀に発見され(1947年死海北西のクムランの洞穴)、これはエッセネ派の。
彼らの集団に入るには儀式が。入会の儀式。
洗礼を施して、入会をし、そして、自分たちだけの共同生活を送ると。
聖書中に言及は無い。ただ洗礼をお聞きになると思い当たるかもしれませんが、
イエスの前に洗礼者ヨハネが現れます。バプテスマのヨハネ。
この人はエッセネ派の流れを汲む人とも言われる。
聖書中ではヨハネの下には大勢の人が洗礼を受けに来た。パリサイ派や律法学者の人もいた。
洗礼をうけたからといって、共同生活を作ったわけではない。
彼がエッセネ派の活動をしていたとは新約からは考えにくい。
しかし何らかの、つながりがあったのだろうと想像されてはいます。

熱心党の人、当時の政治犯として捕らえられた人は大半熱心党の人。
これについてはまた触れるでしょう。

●当時のユダヤの状況(律法とユダヤ人)バビロン捕囚―ディアスポラ―律法―祝福された民

さて、ユダヤの状況。当時パレスチナに住むイスラエルの神殿を中心として生活していた人。
そこに拠点を置いていた人は5070万人(イスラエルに住んでいた人)
しかしそれ以外の場所にも450万人のユダヤ人が住んでいた。世界中に散らされていた。
何故散らされていたか?
紀元前8世紀終わりに北イスラエル王国がアッシリアに滅ぼされる。
ユダ王国はバビロニアに前6世紀中頃に滅ぼされる。
この後ユダヤには独自の王国はない。特にバビロニアに滅ぼされて以降は。
バビロニアの人はユダヤの主要な人たちを捕虜として連れて行きました=バビロン捕囚
それによって、ユダヤの人たちは拠点を失った。もちろん解放されてエルサレムに多くの人は戻りましたが、独立の王国を失い世界中に散らされていったと。
世界中といっても、地中海沿岸、ペルシアなど。
そうした人たちをディアスポラ(散らされた民)と言います。
世界中に散らされましたが、彼らはユダヤ人であることを守りました。(他と交わらず)

どうしてか?
それは彼らに律法があったから。出エジプト記。神様が十戒を与えられた、モーセを通して。
この十戒を初めとした旧約における律法の書(モーセ五書)更に細かな律法の書。
ユダヤの民は自らが「祝福された民」と認識、それは律法を守ることにおいて
律法を守ること=ユダヤ人
彼らは民族学的に、人種的にと言うよりも、この律法を守ることにおいてユダヤ人となった
もともと契約において成り立った一つの民族と言ってよい。
律法は厳格に他民族と交わることを禁じていた。
つまり、律法がユダヤ人を守ったともいえる
だから律法は大事(これはよく記憶しておいて頂きたい)。
・ユダヤ人は律法を守り、律法がユダヤ人を守った。

●当時のユダヤの状況(ローマ帝国の支配下)

当時の状況についてもう少し。
こうした状況がありますが、このときイスラエルはローマ帝国の支配下にある。
なので、ローマ帝国に税金を納め、権威を認めねばならない。ユダヤ人に課せられていた。
これは神の民と自負するイスラエルの人にとっては宗教的にも屈辱的。経済的にも苦難。

文化的なことを言うと、
当時に地中海全体を覆っていたヘレニズム文化のもとにある。
ヘレニズム文化、マケドニアの王国、アレクサンダー大王によってギリシアの文化が広まりながら、オリエントと混じり独自の文化を形成。中期プラトニズムの影響を強く持った文化
だから新約はギリシア語で書かれている。つまりギリシアの影響を受けている
しかしまたそれを利用しながらイエスのことを伝えようとしているという意味も持っている

●イエスとは誰か―プロローグ

では、今日の内容に入りますが、いよいよ新約で私たちが学びをしていく。
「イエスとは誰か」が今日のテーマです。
これは今日一回にとどまらず、後期全体を通してこれを学ぶということでもあります。
今日だけで全てを語りつくすことは出来ません。出発点としてイエスとはどういうお方なのかを。

ローマの信徒の手紙以降は弟子たち、パウロ・ペテロ・ヤコブ、教会への手紙、
その前の使徒言行録(弟子たちの宣教)
その前の福音書4つの福音書がイエスという人物がどんな風に宣教し、何をしたかを具体的に記している。ですからこれらを通してみていくことになる。何故4つ?4人が書いている。それぞれ違いがある。
違いはあるが似ているところもある。

●福音書

はじめの3つ(マルコ、マタイ、ルカ)、共観福音書 Synoptic Gospels
見方が共通している。
イエスの資料に基づいて、どのように旅をし、何を言ったか、を言い伝えられたものかかれたものを集めて、そして福音書を編んでいった(書いていった)。
いま聖書学で言うと、マルコが最初だろうと考えられています。
マタイが28章。マルコ16章。ルカ24章。
昔は長い詳しいマタイが最初だろうと思われていた。マルコはその要約だろう、ルカも。と考えられていた。しかし今はマルコが最初に書かれたと。
考えてみると、最初のものは短い、後のものはそれに付け加えていって長くなる。
マルコが後6070年までに最初にまとめた。その後にマタイもルカもまとめたであろうと。

Q資料(Q=(独)Quelle)イエスの言葉集のようなもの、これらをマタイもルカも共通に知っていただろう。
マタイの机上には「マルコ+Q」があり、それに加えて「マタイ独自資料」
(ルカも同上)
二人とも西暦7080年代に書いただろうと言われている。
それは読み比べのなかで資料の存在が浮かび上がってくる、ということ。
それによってそうした説が一番合理的な説明が出来ると。

これに対してヨハネは全く違います。枠組みが違う。独自に自分の福音書を書いている。
旅の順も違えば、イエスのしたこと、についても違う。全く違う場所でこうした、とか。
で、ヨハネは多分90100年の頃に著しただろうと。

4つの福音書。書き手の違いと伝える相手の違い

それぞれの福音書にはそれぞれ独自の神学、書き方があると。
まず書いた人が違います。
(私の授業をしていた、ということを、誰かに伝える時も人によって違うでしょう?見ている場所も考え方も違う人が書いているから)
持っている気持ちや考え方が違うんですよ。
そして書き手の違いのみならず。伝える相手が違う
(朝日と日経新聞では読者層が違いますよね)

ですからそれぞれに書いている4人、自身の立っている場所、時代の違い、
そして相手にも違いがある。そのようにして特色が出てくる。
この特色は様々色々あるので、詳しくあるので「緒論」があるので、それをとって下さい。
新約緒論ではこうしたことを。

●各福音書の特徴

特徴を簡単に言うと
①マルコ、最古、イエスは神の子であるということを著す。
マルコ福音書の冒頭を見ると、こう書かれている。
○神の子イエスの福音のはじめ―
具体的な特色は、罪びとを「悪の力から解放していく」という性格。繰り返し悪霊を追い出すイエスの奇跡の物語。

②マタイ。その読者はユダヤ教のことをよく知っている人。要はユダヤ人たち、を相手にイエスが約束されていた救い主であることを伝えられている。旧約のことをよく知っているという事です。記述の中では、預言の成就。(fulfilled)律法の完成

③ルカ。福音書だけでなく、使徒言行録と対で記録を書いている。この人はおそらくパウロと一緒に伝道旅行に加わっていた人物。ルカ自身は医師でもあった。使徒言行録と同様に、ルカの関心は世界中にイエスの福音(良き訪れ)が広まっていくという視点
ですから、ユダヤ人で無い人たち=世界中の人にもたらされる福音であることを伝えようとしている。
もう一つルカは歴史家でもある。歴史的視点、世界の出来事とも結び付けて記述しようとしている。

④ヨハネは独自のものなので、「第四福音書」とも呼ばれる。非常に独自です。独自の神学。
そこに書かれることは、ヘレニズム文化、哲学、そうしたところでのものを考えている、
そうしたところの宗教の考え方に対して、イエスはどういう人かを示そうとしている。
その特徴は「光と闇」という二元論的対立。光はイエス、闇は悪魔。その中でのキリストの勝利、そして福音が、喜びが始まっていくと。その栄光は苦難の中に現れる、という考え方も。
(ヨハネも共感福音書の存在を知ってはいただろう。しかし―)

さて、イエスの活動がこのような形で記されてきたわけですが、そのことを少し辿りましょう。
イエスとは誰か。

●救い主=イエス

私たちはイエス・キリストと呼びますが、これは苗字と名前ではないです。
イエスは名。キリストは称号。固有名詞ではなく、
イエスは救い主であるという、信仰告白の意を持った言葉
キリスト教信仰はイエスを救い主であると認めるということ。
このキリストとはどういう方なのか、理解の仕方、つたえる相手の違いを踏まえた書き方、伝え方

クリストス(ロシア正教では「ハリストス」=キリスト)もともとは
ユダヤの伝統で言えば「メシア」のこと。英語ではメサイア。
メシアとは何か、旧約聖書の中に「メシアを待望する」預言があるんです。
その預言の中で、ユダヤの人たちは神のことを救いの御業を待ち焦がれたと言ってよい。

メシアが救い主として考えられるとき3つの役職?
語源的には「油注がれたもの」の意味。
旧約中での「油注がれる」とはどういう意味か?
王様として任を受ける。預言者や祭司によって油注がれて王位に就く。
王は民を支配、預言者は神の言葉を預かり人々に伝える。
・王
・預言者
・祭司
この3つの役職につく人は油注がれて職に就いた。
メシアとはつまりこの3つの力を統合的に持つものが、そういう方と。
その人を通して救いの出来事を与えてくださる。それが待ち望まれていた。

イエスの実際のありようは、人々に待ち望まれていた姿そのままでは無かった。
だから迫害も受けた。
しかし待ち望まれていた通りのでは無かったからこそ、「世界の救い主」とみなされるようにもなった

キリスト教信仰を持たなかった人によるイエスの記録はほとんど残されていない。(今のところは)
全く信仰なしの資料はほとんど無い。
しかし4福音書だけかというと、そうではない。
「他の福音書」とも呼ばれてますが、聖書には選ばれなかったイエス伝はある。
最近「ユダの福音書」というものが書店にも並びましたが(67年前?)
そうした文書。イエスについてかかれたもの。ある意味では宗教的なもので、イエスを大事な人と思ってかかれたものでしょうが、キリスト教の正統的な伝統に基づいたものではない、と。
で、基本的には福音書の中からイエスの存在を見ていきます。

●生誕については不明なことも多い

イエスという人物はどういう方か。(どういう方として描かれたか)
分からないことはたくさんある。
いつ生まれたか?誕生日は分からない。
クリスマス、はイエスの誕生をお祝いをするが、そうなっただけで誕生日ではない。
古くは16日(顕現のとき)神の御心が明らかになったとお祝いをしましたが、それは中世においてクリスマスに(キリストのミサ)ということに。

その生誕については分からない。一応中世のなかで、生まれた年を紀元1年にしようと。いまは2010年目、と、計算されるんですが、これも厳密には多分その年じゃないんじゃ…?というのが今の研究のなかで知られているところ、おそらく、誕生については、ちょっとわからないんですが、、、それを辿る資料としては、まぁ福音書が一番イエスの時代に近い時に記事を残していると考えると、そこから導き出す考え方。先ほど少し申しましたがルカによる福音書は歴史に強い関心が、ルカの最初のところ2章。

ルカ21
○そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これはキリニウスが

これは世界史的出来事なんです。ルカはここと結びつけてイエスの誕生を描いています。その登録の為にヨセフが故郷であるベツレヘムという町に行って―そこでイエスが生まれたと。
それはヨセフスの古代史、によってしられますが、この人口調査は紀元前67年のこと、と。勅令そのものは前910年に。それがガリラヤに徹底されるには時間もかかったろうと。
そうなると誕生は前7年頃かな、と、考えられています。

●福音書に見る誕生の主題(マタイ・ルカ)

誕生の主題はマタイとルカだけです。
三博士の物語はマタイ、(三人かどうかは書かれていない)
羊飼いが厩に、はルカです。
ヨハネは誕生の主題は詩的に、でも、どこでとかは書いてない。とにかくそうした違いがあって
マタイはどう書いたか、

マタイ2
○イエスはヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき占星術の学者たちが東のほうからエルサレムに「ユダヤ人の王としてお生まれになったかたはどこに―星に導かれてきました」

星の導き、とは?
大きな星の輝き257年に一度起こる木星と土星の重なり、がある。
ちょうど紀元前742日にそれが起こった。そうすると前7年かな?と。

実際にユダヤの王としてヘロデ王の治世がいつまで?
(別の人物して十字架にかかるときにもヘロデ王が、別人です。)
この人はイドマヤ出身の残忍な王ですが、紀元前4年まで王位にあった。だからそれ以降ではないだろう、と。

実際にはですが、分かりません。今の段階では本当のところは分からない。
イエスの誕生のしだいについてはマタイとルカが記していますが、
幼少の頃がどうか、という記録は全くありません
ルカ福音書12歳のイエスを書いていますが、それだけです。

実際にはイエス様が人々に知られるようになったのは、彼自身の宣教によって、だから
それは年のころ30の頃です。そのころにヨハネの下で洗礼を受けている。
そして宣教を始められるということになるが、それからのことは大体分かる。
十字架にかかったことも。それ以前のことははっきりしない。
ただ、ベツレヘムでお生まれになったことが、ルカも、マタイも、共通して著すところと。

●占星術学者たちの訪問(マタイ)

こうしたところは、少し詳しく見ておく必要がある。
マタイで見ましょう。
占星術学者が誕生の次第を見に来た、と記されている。
で、ユダヤ人ではない、と。他国の人。東方から来た。おそらくペルシア、バビロニア、ユダヤ教を知らない人たち、その人たちがイエスのところに来た、とマタイが記している。一体マタイはそのことで何を伝えようとしているのか?それは何を意味しているか?
占星術の学者といわれますが、占星術とは一体どういう人がしたか。
オリエント世界では星占いは政治をする人が占星術をして政治のあり方を占う重要な技術。
ですから、この学者たちは要するに東方の国の王様が、東方の国王が来たことを意味しているのではないかと考えられている。
3人とは?
イエスに捧げて黄金・乳香・モツヤクと3つだから三人と言われている。

旧約のイザヤ書6031160ページ
○国々はあなたを照らす光に向かい 王たちは差し入れるその輝きに向かって歩む
そして6
○らくだの大群 ミディアンと絵ファの若いらくだがあなたの下に押し寄せる
 シェバの人々は皆、黄金と乳香

世界中の国々が主の栄光を求めて、それに向かって歩んできて貢物を捧げる、と。

他にも詩篇72906P
10
○タルシュシュや―

ここにもユダヤの人ではない人がやってきて貢物を、と書かれている。

星の輝き、については
民数記の24章の17
○私には彼が見える ひつの星がヤコブから モアブのこめかみを、 頂を砕く
支配が実現する時のこと。そこには「ヤコブの星」

●マタイ福音書のメッセージ「イエスは新たな王」

そうしたことをおそらくマタイはその旧約をよく知っている人に、イエスの誕生の出来事に合わせて記録をしている。実際にはルカが言うように、羊飼いや羊の群れが旅してきたのかもしれない、ルカはそう書いている。マタイはそれには触れない。
マタイはわざわざ学者のことを。それはマタイの発するメッセージ。
このイエス様は、新しい王様だ」ということ。
その王はユダヤの王として生まれるが、それは世界に対する神の新しい支配の実現だと。
それはイザヤ書にも預言されている、と。
知っている人にはハッと気づくように記されている。

マタイは占星術の学者のことを記述することで
世界に神の御心を実現する王様として生まれたことを伝えようとしている

マタイの1章はどうか、イエスの系図。
アブラハムの子、ダビデの子、イエスの系図。王様はダビデの家系に生まれると信じられてきた。ダビデ王の家系にイエスが繋がる者と記そうとしている。そういう意図。
そのようなお方として福音書は描いている。

ルカは全然違うんですよね。占星術の預言者が来たかもしれませんが、
ルカは知らなかったのかも、或いは知っていても使わなかったかも。
ルカはルカで伝えたい事柄がある。
そのことについてはまた来週に。

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